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2013年9月

2013年9月29日 (日)

玉ちゃんの独り言 第23回「様々なスポーツの素朴な疑問」

                

 
 このところ政治ネタが続いたので、別ジャンルの話題で。もちろん政治の方も、アメリカがシリアに軍事介入をして反撃された場合、日本が集団的自衛権行使したらどうなるのか?等、書きたいことも色々あるのだが、皆が皆その手の話に興味を持ってくれているわけではないだろうと思われるので、今回はスポーツの多少時事ネタっぽいところを。
 まずは野球。WBCの敗戦の反省からの改革(常時日本代表チームをつくること等)が叫ばれていたはずなのだが、あれはどうなったのだろう? ボールの問題も根本はそこから始まったはずだ。もし来年またボールを変えてしまったら、バレンティン選手のホームラン記録は永久不滅の記録となってしまう。そこはどうする? 一方、田中マー君の記録は実にあっぱれで、どれだけ賞賛しても足りないほどである。早くも大リーグ移籍が噂されているが、今年のダルビッシュと岩隈の成績と前回WBCでの彼らの成績の相関関係から考えると、今年のWBCでのマー君の活躍程度では、まだ大リーグのボールには苦労することが予想される。最大の問題は、コミッショナーが誰で何をするかではなく、大の野球好きの国民が、日本球界に何を求め、どこに向かって行って欲しいかをはっきりとさせることである。そうすれば、ボールもコミッショナー問題も自ずと決まってゆくのではないだろうか。
 相撲&柔道。この二つは単に伝統的日本のお家芸(国技)というだけではなく、共通点が多い。小生の出身石川県は、相撲の盛んな所で、母校の高校には立派な土俵もあった。だが相撲部員が一人もいなかったので、大会にはいつも柔道部員が出ていた。大相撲にも柔道出身者は結構いるので、両協会の体質が似ているのも偶然ではないのかもしれない。吉田司家、嘉納家という宗家が今だに存在しているのも似ているし、後者は今も多大な権威を持っている。両協会とも数多の不祥事に蓋をして、忘れっぽい国民が問題にしなくなる日を待っているのかも。ただ前にも書いたが、柔道ナショナルチームの監督に、どうして指導歴の浅い現役引退間もない元選手ばかり続くのかは、とても疑問である。理事の言うことを聞く若手が選ばれるというのは本当なのだろうか? 大相撲に関しては、横綱より古参大関の方が年収が高い今の制度を変えない限り、引退後(親方になるとして)のことを考えた場合、横綱になりたいと本気で願う日本人力士は生まれまい。石川の星、遠藤君頑張ってね。
 サッカー。釜本時代の日本リーグを知るものとして、現日本国民の総サッカー評論家振りには驚くばかりで、隔世の感がある。あれほど評判の良かったげ現代表監督ザッケローニ氏さえも、少し結果が出ないともう叩かれ、果ては後任を言い出される始末である。日本代表を強くするにはどうするのがベストかは、もちろん決まった答えなど無いが、小生的には、代表チームの場合ある程度同じメンバーでコンビネーションを高めながら、個々のチームでスキルアップしていく方法が、ワールドカップに関してだけは成果を残せるのではないかと思う。ファンは代表戦だけでなく、もっとJリーグを応援すればいいのです。だからレイソルも国際試合だけではなく、Jリーグの方も頑張ってね。
 バレーボール。どうして大きい国際試合は日本で行われるのだろう? それほどスポンサーや放映権が付くのなら、どうして日本のエース木村「さおりん」はイタリアではなく日本より弱いトルコに移籍したのだろう? サッカーの代表選手で日本より弱い国に移籍する人はいない。かつて世界最高の選手の何人かは日本リーグに来ていたものだ(女子に限る)。たぶん問題はJリーグ同様Vリーグの人気低迷にあるのだろう。地上波でやらないものねえ。
 カーリング。どうして全日本選抜をつくらないのだろう?世界の強国も個別チームで戦っているのだろうか? かつて一度試したら駄目だったからというが、それはあんまり言い訳になっていませんよ、カーリング協会さん。
 レスリング。オリンピック継続おめでとう。ただ、冗談でも吉田沙保里選手を霊長類最強の女などと呼ぶのはやめて欲しい。確かにカレリン選手は、その称号に相応しかった。だが、彼女はたぶん伊調馨には勝てないだろう。それは全盛期の田村亮子が少し体重の重い北朝鮮選手に勝てなかったように。同じオリンピックチャンピオンと言っても、高橋尚子や北島康介とはピラミッドの大きさや底辺が土台から違うのである。別に、小生は吉田選手が嫌いなわけではない。むしろ好感を持っている。ただ、誰にしろ何にしろ持ち上げすぎる輩には要注意していたいだけなのである。
 最後に2020年東京オリンピック開催決定。これで築地市場移転をひっくり返すことは、ほほ不可能になった。喜んでいる人へ、おめでとう。でも七年は長い。何がどうなっているか、わかったものではない。七年後の日本が、とりあえず今より良くなってくれていれば、小生も「良かったね、オリンピックおめでとう」と言わせて頂きます。そうなることを願って、とりあえず今回はこの辺りまでで。このテーマはまたいつか。

追記(お詫びと訂正)
 前々回の独り言にて、女子バレーボールの木村沙織選手が移籍したトルコ・リーグをレベルが低いかのように書きましたのは、ひとえに小生の不勉強故の誤りであり、銅メダル国のエースでもレギュラーを取れないほどレベルの高いリーグに(たとえ1年だけになったとしても)移籍した「さおりん」の勇気と努力に改めて敬意を払いたいと思います。
 この拙い文章を読んで頂いている方にもお詫び申し上げます。


 
 
 

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2013年9月 1日 (日)

   玉ちゃんの独り言 第22回 「今一度オリンピック東京招致を考える」

 

 この独り言が届く数日後には、2020年のオリンピック開催地が決まる。当初下馬評No.1はイスタンブールであったが、トルコのデモ騒動の影響で、まさに三つ巴の様相を呈しているかのように見える。幸いにも(一部の日本人にとっては不幸にも)イスタンブールのデモ騒動は落ち着きを見せている模様だ。元々公園の再開発という極めてローカルな問題が切っ掛けであったので、7年後のオリンピックに影響を与えると思っていた方が、世界的には少数派だった可能性が高い。一時は他の大ニュースを押しのけ、毎日トップニュースとしてトルコのデモ騒動を報道してきた日本のマスコミは、デモが沈静化する過程を、意図的か否かはともかく、ほとんど報道しなかった。最初だけ必要以上に煽り立てて肝心の部分は尻切れトンボに終わるというのは我がマスコミの常ではあるが・・・ それはともかく、トルコの隣国シリア情勢は緊迫の一途を辿っており、この問題がトルコの政情に不安な影を落とさないとは言い切れないであろう。日本と違って洋の東西の多くの国々と国境を接しているトルコは、もしかすると日本とはもっとも正反対の環境の国と言えるのかもしれない。それゆえ個人的には、次々回のオリンピックにはイスタンブールが最も相応しく、また選ばれる可能性も高いと思っていたのであるが。
 東京開催に小生が反対の理由は第8回の「独り言」にも書いたが、大きく二つである。一つは、震災復興を掲げるのであれば場所は東京ではないはずということだ。例えば仙台。仙台ならば、小生も大賛成である。普通の日本人であれば、仙台が被災地最大の都市であると同時に、放射能の影響をほとんど受けていない安全な街であることは誰でも知っている。もし、仙台で開催できない理由が市の財政問題ではなく、福島原発に近いということであれば、7年後に収束している可能性はゼロと言っていいほど後始末の進まない原発事故の悪影響の可能性を鑑みた時、世界の地理から見て東京も五十歩百歩に過ぎないだろう。今現在のチェルノブイリの実情も知らずして福島の不安を煽りたてるような人々とフクシマを人も住めない「死の街」と思っている世界中の多くの人々にどれほどの違いがあろうか。日本人独特とも云える、見えない事象(新病や放射能等々)に対する極端な恐怖と警戒心は、時に海外から嘲笑の対象となることもあるのに、オリンピック参加の他の国々がもし選手団を派遣したくないと言ってきたら、それにどう答えることができるのだろう。日本(政府や国民)は、今仮にチェルノブイリの近くでオリンピックが開かれたなら、自信を持って選手団や観客を派遣すると誰が言い切れよう。
 今一つは、東京開催を推進していた前都知事の狙いとも云える築地市場移転とのリンク問題である。本来、築地市場の老朽化(もっとも、そこに働く人々や買い物客はそうは思っていないのであるが)とオリンピック招致はまったく別次元の問題である。にもかかわらず、そこに蠢く莫大な金と利権が目的であったかどうかは今となっては噂の域を出ないが、無理やりこの二つの巨大プロジェクトを結びつけたやり方には疑念と欺瞞を感じずにはいられない。とりわけ市場移転の候補地が食のホームタウンに相応しくない汚染された土壌であったことは、その候補地の選定そのものが一部の人々の利益誘導の結果であったことを示す何よりの証拠であった。それは時の都政与党の責任だけではなく、移転反対を掲げておきながら知事側に丸め込まれた民主党都連の不甲斐無さも見過ごせないものがある。今や築地市場は、外国人観光客に大人気の日本のひとつの顔である。市場を築地から移転するか否か、そして移転するとすればどこに移転するのが一番良いのかは、オリンピック開催と引き離してもう一度話し合われるべき大問題である。それを都議会だけで決めてよいのだろうか?
 たとえ東京開催に決まろうが決まるまいがこの二回も招致活動に費やされた百億円を超える都民の血税と多少(?)の国税は帰っては来ない。それなら景気回復のカンフル剤としても東京でやればいいじゃないかという声が最近増えているのが、支持率上昇の大きな要因と思われる。だが、事はそんなに単純なのであろうか? 東京開催が決まった後で都民だけではなく、国民が背負い負担するものは、多くの人々が思っているほど小さくて済むのであろうか。オリンピックの経済効果とは、その国のみならず世界中の人々が観客としてそこに集まるのが大前提である。この前提がもし何らかの理由で崩れることがあれば、オリンピック開催そのものも赤字に陥るのは避けられないのである。その時オリンピックは、見物でも、他人事でもなく、次なる試練として傷付いた日本を襲うかもしれないのだ。

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